アヌンナキの伝説⑫ 古代の王族は宇宙人だった!?
前回の時期では、世界各地に見られる古代UFOについてご紹介いたしましたが、
今宵は、そんなUFOに乗っていたと考えられる古代の王族について考えてみたいのでございます。
(・∀・)スンスンスーン
日本の縄文時代には、縄文式土器の文様や神社の注連縄(しめなわ)をはじめ、「蛇の神」を崇拝する文化があったのは間違いありません。
そして、縄文土偶は、ヒト型ではあるものの、明らかに非人間的で異様な姿を取っており、それは、宇宙からの「来訪者」の姿を描写したものであると考えられます。
また、日本の古代において蛇は、「祖先神」あるいは「宇宙神」としての扱いを受けております。
民俗学者の吉野裕子女子によると、古代日本の祭祀は、巫女(シャーマン)と「蛇神」の融合がテーマであった可能性が高いのです。
蛇神と巫女が結びついた逸話として、「倭迹迹日百襲姫命」(やまとととひももそひめのみこと)の「神婚譚」があります。
百襲姫は、第7代孝霊天皇の皇女で、巫女(シャーマン)だったようですが、
『日本書紀』では、百襲姫は三輪山(奈良県桜井市)の神である「大物主神」(オオモノヌシ)の妻となったといいます。
・・当時は、夫が妻の所にやってくる「通い婚」が主流だったのですが、大物主神は夜にしか来ず、昼に姿は見せなかったそうです。
百襲姫が、「明朝、お姿を見たい」と願うと、
翌朝、大物主神は櫛笥(くしげ、櫛や化粧道具を入れておく箱)の中に「小蛇」の姿で現れたといいます
( ´゚д゚`)エー
百襲姫が、びっくりして叫んだので、大物主神は、いたたまれなくなって三輪山に帰ってしまいました。
その直後、後悔した百襲姫が、しゃがんだ際に、箸が陰部を突いたため百襲姫は死んでしまったそうです
工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工
そして、百襲姫が、葬られた墓は「箸墓」と呼ばれ、現在、奈良県桜井市にある「箸墓古墳」に当たります。
・・姫の結婚相手といい、姫の死に様といい、どれ一つ信じらないトンデモ話ですが、日本の正史には、そのように記述されているのです。
また、大物主神(オオモノヌシ)は、天神の御子である「ニギハヤヒノミコト」と同一視されていることから。
宇宙人は、「蛇」、あるいは「爬虫類」だったと言えるかも知れません
((((; ゚д゚))))アワワワワ
そして、そんな爬虫類型宇宙人と人間の交わりに関して、もっと生々しい逸話として、豊玉姫(トヨタマヒメ)の伝説があります。
豊玉姫は、童話『浦島太郎』のモデルとなった、
『日本書紀』『古事記』における「海幸(うみさち)・山幸(やまさち)の物語」に登場します。
彼女は海神・綿津見神(わだつみのかみ)の娘で、日本の初代天皇である「神武天皇」の祖母として知られています。
物語を、かいつまんでご説明すると、
・・豊玉姫は、自分の父親である海神が支配する「竜宮」にやってきた山幸彦(火折尊/火遠理命:ほおりのみこと、別名、彦火火出見尊:ひこほほでみのみこと)と結婚しますが、
山幸彦は竜宮に3年間住んだ後、故郷に帰ることになります。
しかし、すでに身籠っていた豊玉姫は、山幸彦を追いかけ、彼のもとで御子(みこ)を生むために、海辺までやって来て、
鵜(う)の羽を草(かや)として葺(ふ)いて造られた産屋(うぶや)に入ります。
豊玉姫は、山幸彦に対して、
「自分たち他界の者は、出産の際に、生まれた世界の姿で子を生むので見てはいけない」
と頼みましたが、
山幸彦は、この禁を破って、産屋をのぞいてみると、
姫は、龍(八尋鰐、つまり、大きな鰐)の姿になって、這いくねっていたのでございます
ヒィー(((; ゚Д゚)))ガタガタ
辱めを受けた姫は、生んだ御子を草でくるんだまま、海辺に放置し、
「鵜葺草葺不合尊」(うがやふきあえずのみこと)と名付けた後、海への通路を閉じて、帰ってしまいました。
・・ネグレクトは、幼児虐待の一種です
( ´゚д゚`)エー
なお、この後、豊玉姫は、妹の玉依姫(たまよりひめ)を御子のベビーシッターとして地上に派遣しますが、
玉依姫は、自分の甥にあたる、この御子と結婚してしまいました。
工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工
そして、後日、玉依姫と鵜葺草葺不合尊の間に生まれたのが神武天皇であり、現在の日本の皇室の祖先になるのです。
・・つまり、「海幸(うみさち)・山幸(やまさち)の物語」は、地球外生命体と人間の異類婚姻だけでなく、異種交配の物語だったのです
工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工
また、鵜葺草葺不合尊は、龍蛇族とのハーフですが、神武天皇に至っては、スリークォーター(3/4)という非情に濃い割合で、龍蛇族の血が入っていることになるのです。
それを裏付けるかのように、
『先代旧事本紀大成経』には、神武天皇など、初期の天皇が龍蛇の姿をしていたことを記述しているのでございます。
『先代旧事本紀大成経』は、聖徳太子が編纂したと言われる『先代旧事本紀』の部分的コピーであり、1679年、江戸のある書店で発見されました。
一般的には偽書のレッテルを貼られていますが、伊勢神宮の伊雑宮側は、その信頼性を主張するなど、当時から論争がありました。
『先代旧事本紀大成経』に記された太古の日本の天皇たちの身体的特徴
※原文URL:
https://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/sendaikuji/taisei.htm
※一丈=約3m、咫=約18cm、一寸=約3cmで計算
●神武天皇(初代)
「身長一丈五寸,身太一圍五寸。頭有兩角,三寸猶雪。尻有素龍尾,長六咫四寸。尾背有太鱗,數七十有二。年百十有五,立為皇太子。」
身長約3m15cm。胴回りは、両手を伸ばして一囲みした長さ、プラス15cm。
頭には角が二本あり、その角は9cm程の長さで、まるで雪のような色をしていた。
龍の尾のような尻尾が生えていて、その長さは1m20cm、尾の背側には大きな鱗が72枚あり。
115歳のときに皇太子の座に就く。
●綏靖天皇(2代) ※すいぜいてんのう
「身長一丈。目黄光輝,如辰星矣。於背有鱗,怒則逆立。武藝以過人倫,而志尚沈默也。」
身長約3m。目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っている。
背中に鱗があり、怒ると逆立った。
その武術は人に勝っていたので、みな逆らわずに黙っていた。
●孝霊天皇(7代)
「面長似龍不醜,耳上逆立,後有白鱗,聰有九鱗,九閒發氣。智敏無不達・・」
顔が長く龍に似ているが、けっして醜くはない。
耳は上に逆立ち、その耳の後ろに白い鱗があった。
胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から気を発していた。
たいへん俊敏で、行けない場所が無かったほどである。
●崇神天皇(10代)
「身長九咫五寸。額上有一青角,長的二寸八分。下齒長利,上齒短丸。舌長至目。」
身長約1m77cm。額には青い角が一本あり、その長さは9cmほど。
下の顎の歯は長く尖っていて、上の歯は短くて丸い。
舌は長く目に届くほどであった。
●垂仁天皇(11代)
「・・身長九咫有餘,髪右迴生,九迴頂上,卷止如環。協下各有八羽,金翠等臂根堅。」
身長1m62㎝余り。髪は右周りに生えていて、頭頂部で9周して、輪のように巻いてとどまっていた。
両脇の下には8枚の羽が有り、金や緑の色をしており、肘にも同じような羽が固く根ざしていた。
●神功天皇(14代)
「容貌嬋娟,目有雙瞳,乳有九穴,力動殿柱,息堪半日。」
容姿は、あでやかで美しく、目は重瞳であった(※重瞳とは、一つの眼球に2つの瞳孔がある眼をいう)。
乳房には9つの穴があり、たいへん力持ちで、建物の柱を揺るがしたほどである。
半日ほど息を止めることができた。
●応神天皇(15代)
「身長九咫六寸,臂有鞆形。眼形三角形,如張弓,中角向天,如番弓鏃。聰有七十二青毛,太如牛尾,長馬尾,強根終不拔。」
身長約1m80cm。肘には「鞆」(とも、弓を射るときの当て皮)のような形があった。
目は三角形をしていて、顔の真ん中の角は、まるで、弓を張り、天に向かって、弓に矢を番(つが)えたかのように突き出していた。
胸には72本の青い毛が、牛の尾ほどの太さで生えていた。
その長さは馬の尻尾ほどで、とても強く根ざしていたので、抜け落ちることはなかった。
●仁徳天皇(16代)
「身長九咫,目有青黄光陰,耳從眉上垂口下。其足指長,猶手指常儀。」
身長約1m62cm。目は、青く黄色く光っていて、耳は眉の上ほどの位置から口の下にまで垂れ下がていた。
足の指は長く、まるで手の指のようであった。
・・これらの記述からして、代を下るごとに落ち着いてはいるものの、古代の歴代天皇たちは、明らか人間離れしておられます。
(ill゚д゚)
代々の天皇に、この遺伝子が受け継がれるとすれば、
現在の天皇家に、レプティリアン、あるいは、ドラコニアンといった爬虫類型宇宙人や竜型異星人の血が流れていても不思議ではないのです。
・・そもそも、「異星人と人間との間で、交配可能なのか?」という疑問が浮かびますが、
『旧約聖書』創世記の第6章1~4節によると、
「地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。
こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった。
彼らは大昔の名高い英雄たちであった。」
といいます。
また、聖書において、ネフィリムは巨人とされているので、
神武天皇や綏靖天皇の、現代ではあり得ない高身長とどこか符号するのです。
つまり、神武天皇は、ネフィリムであった可能性があるのです
工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工
また、日本だけでなく、爬虫類と人間が混ざったような存在は、世界各地でみられるのです。
レプティリアンは、シュメール神話では「アヌンナキ」をはじめとして、
エジプト神話の「オシリス、イシス、ホルス」、古代インドの神話ではナーガ、中国古代神話の伏義(ふくぎ)と女媧(じょか)などは、半人半蛇の存在として描かれています。
旧約聖書では、「蛇」がイヴを誘惑したと知られますが、これも、作り話ではなく、高度な知性を持った蛇人間がいたということなのかも知れません。
・・だいたい、意味もなく蛇を拝むわけがないのです。
※キリスト教グノーシス派が崇拝している蛇
また、蛇神あるいは爬虫類型知的生命体(レプティリアン)をシンボルとする古代の遺跡や遺物は世界中に存在するのでございます。
※南米エクアドルのタヨス洞窟(Tayos Cave)で発見された蛇人間とレプティリアンの装飾品
※メキシコ合衆国チアパス州にある古典期マヤ文明の都市遺跡ヤシュチラン(Yaxchilan)のレリーフに描かれたククルカン。ククルカンは、マヤ神話において、人類創造に関わったとされる。
※中南米のオルメカ遺跡から発掘された「宇宙人服姿の人物」像と、
「レプティリアン」像。
オルメカ(Olmeca)は、紀元前1200年頃から紀元前後にかけ、先古典期のメソアメリカで栄えた文化・文明である。
※カブレラストーン(Ica stone)に描かれた爬虫類型人間
※アメリカインディアンであるズニ族(Zuni)が描いたレプティリアンの古代ペトログリフ
※コロンビアの南米先住民のタイロナ(Tairona)文化期のレプティリアンの土偶。シュメール文明のアヌンナキ同様、謎のバッグを下げている
※先コロンブス期(Pre-Columbian era)の楽器。飛行体に乗ったレプティリアンにも見える
・・古代文明においては、蛇や爬虫類を神格化しており、地球からの来訪者は「レプティリアン」であった可能性が高いのです。
たしかに、シュメール文明において、人類を生み出したアヌンナキの科学者エンキは、半人半蛇の姿で描写されており、爬虫類型宇宙人、つまりレプティリアンであったようなのです
アヒャアー(((; ゚Д゚)))ヒィーガタガタ
そして、そんなレプティリアンは、遺伝子操作によって人間を生み出したばかりではなく、
レプティリアン自身が、支配階級である古代の王族として君臨していたようです。
しかも、レプティリアンは、人間と交配することによって、混合種(ハイブリッド)を誕生させ、それらのレプティリアンの血を色濃く引き継ぐ存在は、人間社会をリードする一族であったのかも知れません
( ´゚д゚`)エー
つづく
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